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2017年4月4日火曜日

麺はzzzと音を立ててすするのが「作法」なの?


 日本の文化は世界最強だとでも?
 青木無常でございますよ。

戦争?(素材使用)


 ヌーハラ論争とかいうのが流行ってるのだそうで。

 はあ? 流行じゃない、外国人による日本文化の侵略だ? とでもおっしゃりたい?

 あるいは逆に、外国人の不快感に対して「文化」をふりかざして騒ぎ立てる日本人の感性こそ醜悪そのもの、とでも?

 どっちでも正直、割とどうでもいいんですけどネ。(`▽´)

 つか。

 そもそも、ヌーハラ論争って、なにかというと…?


J-CASTニュース 2016/11/19 11:00
「麺を音を立てて食べてはいけない」への大反発 「ヌーハラ」なんてものが本当にあるのか
http://www.j-cast.com/2016/11/19283707.html


ざる(素材)


 ヌーハラってのは「ヌードル・ハラスメント」の略なんだとか。

 外国人は食事の際に音を立てることを下品だとか獣のようだとか感じるらしく、子どものころから音を立てずに食事をするようしつけられているのだそうで。

 そんな「外国人」からすると、日本であたりまえのようにだれもが行っている、麺を音を立ててすする、という行為そのものが不快感以外のなにものでもない、という主張がヌードル・ハラスメントの概要のようです。



 ま、日本の文化を知らない異国の人間に「日本人野蛮ネ」とか指摘されたりしたら、正直気分はよくないのも確かです




 疑問その1。

「外国人」って、何国人?

何国人(素材)


 上記の文脈からして騒いでいるのは欧米人のみのように見受けられるんだけど、アジアやアフリカやその他の地域の人々はどう感じているのか、という疑問がまるっきり欠落している。

 ま、少なくとも日本では欧米が「世界標準」という認識はいまだに強いだろうし、その他の地域の人の意見はあまり参考にしなくとも支障はないとかゆわれれば、強硬に反対する気は私にはありませんがネ。

 オリンピックで外国人が多数来日することも見込まれているし、それに向けて配慮をうながす、という程度の話であれば個人的には否やもない。



 そもそもなんでもかんでもハラスメントをつけりゃいい的な「ヌーハラ」という言葉にも醜悪さを感じないでもないんだけど、まあそれはおいといて。

 国際空港などで蕎麦やうどんを音を立ててすすっている日本人の姿がこっけいだったり醜悪だったりする、という外国人(欧米人?)の感覚の話は、何も昨日今日始まった話ですらないです。

 それに対して、日本の文化だから堂々と主張すべきとする派と、郷に入れば郷に従え外人は不快に感じているのだから配慮すべきだろう派とが存在していたのもかなり以前からのことなのではないかと思うのですが。

 …というラインから、何を今更、とか冷笑したりするのは鼻もちなりませんかネ? (`▽´)




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 で、上にリンクしたニュースの記事には

そもそも日本には茶道など伝統文化に『すする』という作法が
ある、という文言が。

 これはテレビ番組でのコメンテーターの発言として取り上げられているわけですが。

 疑問その2。

 茶道にそんな作法があるんですか?

 私は茶道などカケラも素養がないので「ある」とゆわれれば「あ、そうなんですか?」としかいいようがございません。

 茶室で正座したりお茶碗をぐるぐる回したり、その回す回数とかにも決まりがあるらしいとかその程度の知識、というよりはイメージしか持っていないので、ホントに正確なところは何も知らんし興味もない。

茶の道(素材)


 でも音を立ててすするというイメージは、これまた正直ございませんでした。

 もし本当にそういった「作法」が存在するのだとしたら、茶道に対する印象そのものがかなり変化することまちがいございませんネ。

 そもそも茶道そのものが戦争と深いかかわりのある文化だと認識しておりますので(もしまちがっていたらどうぞ遠慮なくご指摘くだしゃんせ)。

 軽々しく「文化」という言葉でくくってしまうのも抵抗がある、というこれまた個人的意見というか感覚もありますので、茶道で作法だからどうだってんだという気もしなくもないんですがネ。



 ニュース記事中の、落語で使われるというくだりには首肯したい。

 扇子を使って蕎麦を食べるシーンなどの臨場感はすさまじいものがあるし、その場合の「すする音」の演技もまたすばらしい「文化」であることに異をとなえる気は毛頭ございません。

 むしろ落語でそういうくだりが出てくると「待ってました」と膝を打ちたくなるくらい。ま、打ちゃしませんがネ。



乾麺(素材)


 で、さらに熱いものを飲むときに温度をさげる効果がある、という話は、これまた日本人がなぜ麺類をすするのかという疑問を説明するテレビ番組をみたことがあり、なるほど論理的と納得したことがあります。

 でもさ。この部分に対する別の疑問が浮かんでくるんですよね。

 料理って、熱いものは熱いうちに、とかいうじゃないですか。

 私、特に猫舌ってわけでもないんですが、こういう文言には以前から激しく疑問を感じておりまして。

 口の中やけどしながらハフハフ食事してる姿って滑稽だし、なにより無意味なんじゃないかって。

 熱いものを熱いうちに口の中に入れるって行為、口中、特に舌にやけどを負わせていることそのものなんじゃねえの?

 そんな状態で味なんかわかるのか? とか、そもそも食事というリラックスして行いたい行為を、その真逆の苦行にわざわざ堕すことになんの意味があるのかさっぱりわからない、とか。

 でも、「熱いものを熱いうちに」の真意が、「できたての状態でなるべく早く味わう」ということなのであれば、納得はいく。

 ここで「すする」という行為が、熱々の麺を空気とともに吸い込むことによって「温度を下げる」効果がある、と考えれば論理的に整合する。

 できたてのものをできたての状態で味わう、という意味合いと、やけどをするような温度のものをちゃんと味わえる温度に下げつつ間髪入れずに食することができる、ということの両立が可能って点において。

 ならさ。

 やけどしそうな温度のものを無理してホフハフ食事する行為って、たいして意味ないんじゃないかって。

 口に入れる前にすばやく冷ますことができるんなら、そのほうがベターなんじゃないか、と。

 これ第3の疑問、ってことで。



熱いものは熱いうちに(素材)


 ラーメンの麺とスープがからんでおいしくなるというのは初耳だけど、そういうこともあるのカモとは思いました。

 つか、私はそもそもラーメンの麺って、あんまりうまいと思ったことない。

 穀物として必須の栄養素だから入っているもの、程度の認識しかないくらいなんだけど、もしかしてその原因の一端がここにあるのカモ、とかも思いました。

 でもさ。

 スープをからませなければおいしくない「のだとしたら」、そもそもラーメンの麺ってもの自体がたいしておいしいものではないということの証左になったりしねえのかな? ん?

 …というのが、第4の疑問。



 あ、断っておまきす。疑問をあげつらっておりますが、その疑問に対する答えは用意していません。

 つーより、個人的感覚としてその疑問に対する答えは(狭量であるとのそしりを受けるであろうことは重々承知の上で)明白ですので、答えを出す必要性がそもそもない。ははは。




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 日本蕎麦は蕎麦の香りを鼻に入れるためにすする、という部分は、これも初耳でしたがなるほどという感じでもある。

 鼻はそんなにいいほうじゃないけど、今度蕎麦をいただくときには試してみたい部分です。

 それにこれが事実なら、たしかに「すする」という行為自体に大きな意味があることになるわけなので、文化として主張すべき大きな根拠につながります。



 でも、そんなこと知ってる日本人てどれくらいいるものなのか。

 私だって、麺をすするのは日本の文化だという主張はなんとなく知ってはいましたが、その意味に関しては認識していなかったので、熱いものを冷ます効果があるというテレビ番組を見て「なるほど」となった次第。

 文化がどうこうと騒いでいる人間の果たしてどの程度が、その「意味」について(無意識であるにしろ自覚的であるにしろ)実感しているのやら。

 というのが5つめの疑問。(`▽´)



 ここでもうひとつ、ヌーハラがらみのニュース記事をご紹介いたします。


J-CASTニュース 2016/11/22 18:46
マツコが豪快に飲み干した ヌーハラ論争それぞれの言い分
http://www.j-cast.com/2016/11/22284202.html


サムライ?(素材)


 これもまただいたい似たような内容で、いやなら来なきゃいいとかそういう意見も目につくわけですが。

 オリンピック招致しといてその言いぐさはねえんじゃね?

 …という気もすることはするんですけど、まあ気持ちとしてはたしかにそういう部分もあることはある。

 で、さすがのダウンタウンの松本人志さんの意見として

外国人は麺をすすることが苦手だとされていることに触れた上で「きっとうらやましいのもあるんですよ、すすれないから」と独自の見方を披露
なさったそうです。

 すすれないガイジンもたしかにいそう。

 でも、心理的な抵抗感さえ除けば、そういう人は少数派なんじゃないかって気もするけど実際どうかは知らんですははは。

 ま、心理的な抵抗感をいかにして除くか、というのが文化的な摩擦に対する正解を出すことの焦点といってもまちがいではあるまい。



来々軒への糾弾(素材使用)


 で、このふたつめのニュースの最後に出てくるマツコ・デラックスさんが
「この手のニュースが出てくるといつも思うんだけど、ちょっと大げさに騒ぎ過ぎだと思う」と、論争そのものへの違和感を
表明なさっているんですよね。

 ホントにこのヌーハラ、全世界を巻き込んでの議論なのか? と。
「全世界を巻き込んでの議論に誰がしようとしてるんだか分からないけど、そりゃちょっとツイッターで『すするの嫌だな』って書く人くらいいるし、それをいちいち目くじら立てて『日本文化の侵略だ』なんていう方が恥ずかしい」
という。(`▽´)

 上にも書いたとおり、ヌーハラという言葉こそ昔はなかったけど、国際的な場で日本人が音を立てて麺をすする行為に眉をひそめる異国の人がいらっしゃるのは昔からあった事実であります。

 それを「いやなら蕎麦屋に(日本に?)来るな」とか「文化侵略」とか過剰反応するのはたしかに醜悪。

 外国人がいるなら配慮くらいしてあげてもいいんじゃない、とは個人的に思う。



報復(素材使用)


 あなたはずずずと音を立てて麺をすすりますか?

 その行為自体に快感を感じますか?

 あなたのまわりの人はどうですか?

 外国人がそのことに対して不快な思いをしているとしたら、何か対策を講じる必要があると思いますか?



 答えが「否」であるならば。

「おもてなし」なんぞという美辞麗句に讃嘆を呈すること自体、とんだお笑いぐさでございますわネ。



オ・モ・テ・ナ・シ(素材)


 外国人がいるなら、音を立てないよう配慮する。

 または、それが日本の文化(マナー)でありさまざまな合理的な意味合いが含まれる行為であることをわかりやすく伝える努力をする。

 このどちらかしか、ないんじゃないですかネ。



 別にどうでもいいことなんですけど。
 私ゃ、外国人を「おもてなし」する気なんざカケラも持ち合わせちゃおりませんのでネ。(`▽´)



 さらにいってしまえば、有意な答えがこのブログで返ってくるとも思っちゃいないんで、これもまた見果てぬ夢をみる魔法のひとつであるのカモしれませんがネははは。




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 カップラーメンすすってくるので本日はこのへんで。
 最後まで読んでくれてありがとう。
 それでは、また~(^_^)/~~