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2016年12月31日土曜日

手のひらのなかの無限 瞬間のなかの永遠


 われわれは生まれてきた。
 青木無常です。

飛翔(素材)


 ま。
 そういうわけで。
 今年も暮れていこうとしているわけでございます。

 見ると一年後に死ぬとかニュースサイトのタイトルに堂々と描かれていた「呪いの動画」を2015年の年末に見たりしたことも報告したことがありましたが、該当日をこえてこうして生き延びることができました。(`▽´)

 つーより、今年は例年よりもかなり平穏無事に過ごすことができた一年だったりしたわけですが。(`▽´)



 ともあれ、だれしもの2016年ももう終わりを告げることとなり。

 明日からは新しい年が開けるというわけで。

 だからどうということもなく、毎年まいとしこの時期になると思っているとおり、地球で生きている限り明日は訪れるし、そのぶん死にも近づいている、というだけのことでもあるわけで。

 ま、気持ちを新たにする契機としてとらえるのも悪いことではございますまい。



地球の夜明け(素材)


 ということで。

 最後くらいは多少なりとも格調高い感じで締めくくっておこうかとか姑息な考えのもと、ウィリアム・ブレイクのすてきな詩を引用してまいりますです。はい。



一粒の砂に世界を求め
野の花に天国を見出す
掌の中に無限を捉え
ひと時のうちに永遠を築く

「無垢の予兆」(Auguries of Innocence)という詩の、冒頭の一節だそうです。

 美しいですね。



ネタ元:lifehacker 2014.01.24 09:00 pm
記憶力や免疫力をも上げる? 「マインドフルネス」とは結局何なのか
http://www.lifehacker.jp/2014/01/140124mindfulness.html



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 若干補足しておきましょ。

 このブログでも何度か紹介させていただいている「マインドフルネス」というのはひとことに要約してしまうと

その一瞬に全力を傾けること
ということであり
「今という瞬間に、余計な判断を加えず、(中略)自分の人生がかかっているかのように真剣に、意識して注意を向けること」
であります。具体的な一例をあげるならば
例えば食事中であれば、フォークを置くたびに、「一噛み一噛み味わって食べる」という目標を思い出すように
する、といったような、惰性で過ごしていた時間に集中力を呼び覚ます行動、とでも表現すればよろしいでしょうか。

 人間関係などにおいても
感謝の心を持つ、物事をコントロールしようとしない
といった実践法が示唆されています。

ひとつぶの砂に(素材使用)


 で、上のニュース記事において私にとって目新しい点も記載されており、それは「なにがなんでもマインドフルネス!」などと気張らなくともよい、ということ。

 有害なレベルで生真面目な人間というのは、何かを「しなければならない」と決めてしまうと意地でもそれに固執してがんじがらめになってしまい、結局実践そのものが困難と直結して何もできなくなってしまうという悪癖がある。

 でもこれに限らず、そういう極論に縛られる必要はない、ということのようで。(`▽´) すなわち
マインドフルネスの実践はとても有益ですが、心を自然に任せたほうが良い時もあります
という文言が、注意事項として最後に述べられているわけです。なんでもニューヨーク・タイムズで
創造性や洞察力のためには、ぼんやりしたり空想にふけったりすることが必要である可能性
が紹介されているんだそうで。

 ま、完璧さを自分に課すあまり自縄自縛にならずとも、少しずつできることから実践していけば充分以上に有意義である、という程度に解釈しておきましょうか。

 で、食事中にふと「一噛み一噛み味わって食べる」という目標を思い出すことができたりしたら、自分を褒めてあげるって程度でよろしいのではないか。

 とか、そういう感じで。




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 というわけで。



 ひとつぶの砂に世界を。

 野の花に天を見出し。

 手のひらのなかに無限を感じて。

 瞬間のなかに永遠を幻視し。



 ゆるゆるとまた、新しい明日を迎えてまいりましょうか。



明日(素材)


 ありがとうございました。
 そしてこれからもどうぞよろしく。_(_ _)_

 それでは、また。(^_^)