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2016年6月23日木曜日

子どもなんてモノは単なる獣なんだから愛せなくっても全然不思議でもなんでもない


 などと思うのは私だけ…? いやいや。( ̄ー ̄)
 青木無常でございますよ。( ̄ー ̄)

宝…?(素材)


 はい。
 きらいですよ。私。子ども。つか、ガキ。

 あんなモノは人間ではござーません。
 はい。断言いたしますですよ。
 人間ではござーません。

 社会性つーのはプラスチックや原発と同じで人間が発明したもっとも有害なシロモノのひとつ…と声を大にしていいたいところですが、まあこれは客観的に見てどれもビーバーのダムやアリの巣と同程度のモノに過ぎんでしょ。

 とはいえ社会性がないと人間という生態の縄張りのなかではうまいこと生きていけないのも事実。

 しつけ、という言葉が世に流通しているほどご立派な内実を伴っているとはとてもじゃないがいえないのではないかというのが私の本音ですが、内実はともかく「しつけ」は不要か必要かと問われれば必要なのもまた事実。

 ま、そのしつけとやらの大部分が成功しているとはいいがたい現状の人間の生態的特長はおいておいて。(`▽´)

 ガキなどというシロモノはある意味ペットより始末の悪い獣でございます。

 へたに言葉というものを多少は理解しているあたりがより始末に負えないという、ロクでもないシロモノである「子ども」を宝だ生まれてきてくれてありがとう大切にしますなどと持ち上げるのはもうやめよう。

 でないと、愛せないのに世間向けに子どもを愛しているフリをしなければならない気の毒な親が苦しすぎます。

 たぶん、そんな親の子どもも苦悩と同義語の人生を送らなければならなくなってしまうでしょう。

 私ゃ当事者ですから断言できます。

 いや、子どもを持っているほうの当事者ではござーませんが。

 ともかく。

 子どもを愛せない、という「事実」から目を背けるなどという無意味無駄かつ有害オンリーな常識に捕縛されて本音を抑圧して子育てなどという捩れまくった生活からはきっぱり足を洗ってよいのでございますよ。


WooRis 2014/07/07 07:00
感情にフタしちゃダメ!子どもを愛せず自分を責めるママへの「子育ての教訓」
http://wooris.jp/archives/84851


破裂(素材)


 もちろん、だから虐待していいとか子どもは大切に扱わなくていいとかそういうことをいっているのでもございませんのでそのあたり勘違いなさらぬようにお願いしますね。(^-^)

 たとえなっちまったとかそういう状況だとしても、親になったんなら最低限以上の義務はある。

 ケダモノである子どもをまっとうな人間に調教する義務が親にあるのは論を待ちません。

 でないと、子ども(は、本音ではどうでもいいんだが)や親だけでなく、周囲の人間までもが不幸です。



 でも、親が子どもを愛するのは当然とかアタリマエとか本能とか神さまは人間をそうお造りになられたのですよほほほとか、そゆ思考停止した常識論や思いこみの犠牲になることはない、という話。

 だってイヤなものはイヤだし、きらいなものはきらい。

 そういうネガティブな感情を、抱いてはいけない感情と抑圧しても消えてなくなるわけじゃない。



 というか、あくまでも個人的な意見ですけど。

 むしろそういう押し殺された感情は歪んだ形で子どもに伝わると思います。

 それは逆に不幸。親も、子どもも、周囲にも。

 その典型的なサンプルがみずからいうのですから、こりゃもうまちがいない。ひひひ。



ケダモノ(素材)


 ま、そんなうがちまくりすぎた歪んだ見解はともかく(^_^;)、

<子どもを愛する、なんて、ほんとは大変なことですよ。相手はムチャクチャするんだから。そのときに「子どもはどんなときも愛さねばならない」という前提があったら、いつも愛せない自分が悪いと思うか、嫌になってくるかしますよ。>
という、救われる意見は世の多くのおとうさんおかあさんに届けるべきなんじゃないかとは思います。
人間は思いきってネガティブな気持ちを肯定すると、逆にポジティブな気持ちになることがある
ということらしいのでね。

 ま、カケラも子どもを愛せないとかかわいいとも思えないとかぶよぶよしててよだれやら小便やら下痢便やらをしょっちゅう分泌してて気持ち悪いだけとかそういう人間は少数派なのカモしれませんけど。

 核家族などという形態は人間の生態からすればあまり正常な状態とはいえないのではないかとも私は思います。

 母親が疲れても周囲に群がる一族郎党なりお節介なコミュニティなりが緩衝装置さながらに肩代わりしてくれる状況は現代都市では期待できないことですが、歴史的にも生態学的にもむしろこういう状況こそ異常。

 …なのではないか、と。

 だから
それが、最近では子育ては完全にママ一人で背負うものになり、故に“子どもを愛せないこと”が、完全にママの心の問題になってしまいました。だからこそ、誰かに客観的に話を聞いてもらうと良い
ということなのだそうで。

 だれかに話をきいていただくだけでも状況はがらりとかわることが期待できるみたい。
<ほとんどのお母さんが「ほんとはわたし、あんな子はいりません」とか「死んでくれた方がいい」とかいろいろ言い出す。そう言ってしまって、そのあとで、「この前、あんなこと言うたけど、見てたら赤ちゃんもがんばってますし……」とか、だんだん変わってくるんです。>


 これは子どもにもいえることらしく、いったんはすべてを吐き出しちゃわないとむしろ将来的によくない影響もある、と考えられるってことらしい。
泣いたり怒ったりしている子どもには、すぐに「泣くんじゃないの」とか「怒るのやめなさい」とか言ってしまわず、「そうやね」と受け入れてやるんです。


 要は建前とか道徳とかがハバをきかせすぎってことなんでしょうかね。
子どもも、一度受け入れてあげるとケロッと泣き止んだりします。大人も同じなんですね。


 根は同じ、ということのようですな。



宝(素材)


 ま、こういう人にいえない感情をだれかにきいてもらうってことそのものが、現代社会じゃかなりの難事なんじゃないかって気も濃厚にしますがね。

 ていうか、そういう気しかしない。かも。



 だからせめて、自分で自分を責めるのだけでもやめにしなしゃんせ。

 異常ではないです。

 あんな動物、愛せないのがむしろ当たり前。

 ま、これは極論ですが、私は本気でそう思っているのもまぎれもない事実でございますよ。

 こんな人非人に比べれば、子どもを多少愛せない程度なら別にたいしたことじゃあござんせん。



 実際、そういう感覚に苦しんでる人ってどのくらいいるんでしょうねえ。



 答えは社会そのものが根本からかわらない限り当分出そうにないので本日はこのへんで。
 最後まで読んでくれてありがとう。
 それでは、また~(^_^)/~~




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