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2016年6月3日金曜日

ディズニーの横槍で「スター・ウォーズ ローグ・ワン」が腑抜けな感じになりそうな予感…(´ω`。)


 危機ですよ。
 青木無常でありますよ。

ならず者ども(素材)


 年末に公開が予定されているスター・ウォーズのスピンオフ作品『ローグ・ワン / スター・ウォーズ・ストーリー』に暗雲が立ちこめてきた模様。

 なんか映画の出来にディズニーが不満を表明し、再撮影をさせているんだとか。

 別にロクでもないカス映画をみせられるのは観客としても歓迎できないので、そういう方向での撮りなおしであれば歓迎したいところなんですが、どうも詳細を確認するとそうではなさそうな気配が…

 大丈夫なのか、ディズニー。

 だれでも楽しめる娯楽映画であることに異論はないけど、スター・ウォーズは「腑抜け」な感じのファミリー映画では断じてない! と、ヲレは声を大にしていいたいところなんでございますのよ。


GIZMODO 2016.06.01 12:55
「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」の製作が危機的状況?
http://www.gizmodo.jp/2016/06/star-wars-rogue-one-is-going-to-reshoot.html


 ぢつは『ローグ・ワン』再撮影の話はほかのところでも目にしていて知っていたのですけど、そのときの印象としてはどちらかというと撮影スタッフ側に不手際があったのかな、的な方向の推測をしていたのですが…

 どうもGIZMODOの論調によるとさにあらず。

 ディズニーが、だれでも楽しめる娯楽映画ではないという理由で再撮影を要求したらしいとの記述が…
 えええっ?



ヘッド(素材)


 別にだれもが楽しめる娯楽映画はいいんだけど。

 私は、ディズニー的な「ファミリー映画」は大きらいなんで、俄然不安感が激増してまいりました。



 スピルバーグでいえば『激突!』はOK! 『ジュラシック・パーク』も文句なし!

『ジョーズ』や『未知との遭遇』はおもしろさは抜群だったけど、特に好きでもきらいでもない。

『E.T.』最低。

 …というのが私の評価。

 ブスカワな着ぐるみの子どもウケねらったカスな造形のクリーチゃーがガキと仲良くなってアドベンチャーを繰り広げ、あげくの果てに心あたたまるステキな結末に…なんてなクソみたいな内容の腑抜け映画は消滅しろ。

 と底なしの呪詛とともにクソ投げつけたい気分になるタイプなんで。

 ちなみにインディ・ジョーンズシリーズは大好きですが、あれは半分ルーカスの映画だからな。



散華(素材)


 …という意味で、スター・ウォーズが「ファミリー映画」になってしまうのはとてもじゃないが看過できない。

 内容からしてそんな危惧は杞憂だと思いたいのだが、ニュースサイトに記載されている再撮影の理由の第一が

『クラシックな』スター・ウォーズ映画が持つべきトーンから外れている
とお偉いさんが感じた、という…なんともキナくささがふんぷんと漂ってきそうな内容…

 原点回帰を志向してつくられた作品にロクなものはない…とはいわない。

 傑作もままあることは積極的に肯定したい。

 だが、別に統計とったわけじゃないけどおそらくは駄作率のほうが圧倒的に高いだろう。

 そもそも「クラシック」なスター・ウォーズがどうこうというのなら『フォースの覚醒』は失敗作だ。

 ネタバレ感想のときに書いたことだが、『フォースの覚醒』はスター・ウォーズ感には欠ける映画である。

 CGではなくセットや模型を重視したという「姿勢」はたしかに「クラシックなスター・ウォーズ」だったかもしれないが、そんな表面的かつ権威主義的なこだわりははっきりいってどうでもいい。

 エピソード7のストーリーや展開はルーカスの作品とはほど遠い。

 だから否定するのもヴァカの所業だと思うからそういう意味であの作品を否定する気はないが…

『フォースの覚醒』を是としておきながら「『クラシックな』スター・ウォーズ映画が持つべきトーン」がどうこうという理由で再撮影を要求しているあたりがまずどうも気持ちが悪すぎる。のである。



星雲(素材)


 さらにキナくさい、というよりは腹立たしいのは

ファーストカットは「フォースの覚醒」が持っていたエッジに欠けていた
との部分。

 これまで『フォースの覚醒』に対する悪口はあまり口にしないようにしていたんだけど(その点に関してはそのうち爆発させるつもりはあるんだけど、ちょいとしんどそうなのでまだ手がかかっていない)、気に入らない点は実はたくさんあった。

 その最たる部分が『フォースの覚醒』のファーストカット。

 ちょいと定義しておくが、ファーストカットというのはあの手前から画面奥へと流れていくストーリー補助の役目の「前説」ではなく、そのあとの部分だとの前提で語る。

 第一作、新たなる希望でいえばブロッケードランナーがいきなり画面に出現し、ビームによる銃撃がつづいたあとに巨大感きわまるスターデストロイヤーの三角形の威容が画面右から奥へと延々と出現・移動していくあのシークエンスである。

 このデンでいくと『フォースの覚醒』のファーストカットは惑星の出現。

 そこに下かなり遠方から見上げるスターデストロイヤーの鋭角三角形の影があらわれ惑星を覆っていき惑星を隠していく(のみ込んでいく、というほどの臨場感はない)。

 惑星が完全に影に覆われたくらいの時点で、スターデストロイヤーから出撃したとおぼしき戦闘機が視点に向けて降下してくる…

 …という流れ。

 既述だが、このシーンにおいて第一作のような臨場感は、カケラも、くりかえす、カケラも、存在しない。断言する。

 あるのは意外感だけ。

 意外感というとよさげに響いてしまうが、拍子抜けという言葉におきかえてもまったく問題はない。

 第一作で観客の度肝をぬいた演出は、あそこにはどこにも感じられなかった。

 その「「フォースの覚醒」が持っていたエッジ」とやらが欠けているからどうだというのだ、というのが私の正直な意見なのである。

 むしろ『フォースの覚醒』の「ファーストカット」は、いままで口にしなかったあの映画のひどかった点の最たる部分であることはまちがいない。

 エッジ?

 そんなものがあのシーンのどこにあったのか、ぜひ具体的に教示してほしい。

 降下してくる戦闘機の姿はたしかに若干の新機軸感はないでもなかったが、褒めそやすほどのすばらしさでも決してなかった。

 惑星をスターデストロイヤーの影が覆っていくのはむしろ、スケール感のカケラもない駄演出としか思えない。

 J.J.が第一作のスケール感をこえる演出をどうしても思いつけずに「だれもやったことがない」アングルからの撮影という安易な方向に逃げたとしか思えないのがあのシーンなのである。



 むろん、第一作の導入部をこえる演出はルーカスの描いた続編はもちろん、ほかの映画でもみられない越えがたい金字塔であるのはたしかだが…



爆散(素材)


 記事にある「ストーリーの具体化」に関しては、試写を見る機会がない以上何もいえない。

 抽象的な展開がつづくようならみる側としてもたいくつそうだから、それがそのとおりだとしたら撮りなおしも是としたいところではあるが、そんなことはわかりようがない。



 ギズの記者も書いているが、少なくとも『ローグ・ワン』の予告編は非常に期待できそうな内容であったことは私も既述している。




 シリアスな雰囲気もそうだが、主人公の造形が非常に期待できそうな雰囲気があった。

 反乱軍に抜擢されながら、その反乱軍の中にあってさえ「はみだし者」になりそうな無軌道な雰囲気、たたずまい。

 最後のカットで、裏切り者になりそうな予感さえはらんだ演出。

 はたして彼女は反乱軍の兵士として任務をまっとうするのか、それとも…

 …そんな波乱ぶくみの展開を期待できそうな、重厚かつ不気味なムードが横溢していた。



 たしかに、スター・ウォーズとはちがう雰囲気だ。

 だがわれわれは…というと語弊があるだろうか。

 …すくなくとも私は。

 ルーカスがおろされた時点で、そんなものは期待するのをやめた。

 スターウォーズは、よくもあしくもジョージ・ルーカスそのものである。

 わかりやすい、裏を返せば安易なストーリー展開や、自由な、裏を返せば支離滅裂な内容・設定、意外感あふれる、裏を返せばいきあたりばったりとしか思えない裏設定など。

 ツッコミを入れればどれだけでも入れられる。

 スター・ウォーズの本質は、そんなところにはない。

 否。そんなところにこそ、もしかしたらスター・ウォーズの本質はあるのかもしれない。



 ルーカスが制作に関わらない以上、その本質もまた期待できないのは自明の理であるし、実際『フォースの覚醒』はよくもあしくも「J.J.エイブラムスの映画」でしかない。

 それを非とするほど狭量ではありたくなかった、という心理もおそらくはあって、私はベタぼめに近い感想をかつて書いた

 だから正直な話、今後のシリーズもスピンオフ作品も、スター・ウォーズ感などなくていい。

 というよりはむしろ、関わるスタッフがいかにジョージ・ルーカスの呪縛から自由でいられるか、という点においてこそ、その成否がかかっているといってもいいのではないかとまで考えている。



 ディズニーが新しいスター・ウォーズを主導することに、かつて私は危惧を抱いた。

 同じSF娯楽作品である『ブラックホール』全体にただよう、悪い意味でのディズニー感が横溢した作品になるのではないかという不安がどうしても拭えなかった。

『フォースの覚醒』は、いい意味でも悪い意味でもその不安を払拭してくれた。

 あの暗さや重さはいい意味でディズニーっぽくない。

 あのもやもや感、悪い意味での謎だらけなストーリー展開やすっきり感に欠ける終わりかたなどは、悪い意味でディズニーっぽくなかった。



超空間へ(素材使用)


 どうせディズニーっぽくないのなら、いい意味でそうであってほしい。

「4つの客層」すべてにアピールできる映画?

 内容にもよるが、今回ディズニーが提示した再撮影の要件とおぼしきこの文言は、クソ映画になり得る最大の懸念要素であるのはまちがいない。

 別に数々のディズニーの名作を否定するつもりはない。

 ファミリー映画、という枠がある以上、そしてその枠を最大限に活かした、という意味においても、傑作といわれる作品はどれもこれもまちがいなく傑作だろうし、おもしろいだろう。



 だが、スター・ウォーズをその枠にはめてほしくはない。



 「ルーカスの枠」にはめるために、ジョージ・ルーカスを起用するか、あるいはまったく別の作品として大いに自由にふるまうべきか。

 極論をいってしまえばその両極のどちらかでしか、あり得ない。

 その意味でいえば、J.J.の作品は突き抜けきることもできず、ルーカスであることも(当然のことながら)できず、娯楽映画としてはそのもやもや感の残る終わりかたにおいて成功したともいいがたい。

 興行的には成功だったかもしれないが。

 物語としては、成功したとはいえない。

 もちろん、つづきが残されている以上、失敗だったとも現時点ではいえないのは承知の上で。



 だがすくなくとも『ローグ・ワン』を含めた次作以降の作品には、その轍は踏んでほしくはない。



 ましてファミリー映画になってしまうとなると…(´_`。)



 現時点では杞憂以外のなにものにもなり得ないとわかっていながら、ずいぶん語ってしまいました。(^_^;)

「かたって」で変換したら最初に出てきたのが「過多って」という日本語にはないイミフな言葉が出てきちゃったけど、ある意味、つーか本質正しい。カモ。(^_^;)



 まあできあがった映画を実際に目にするまでは、やきもきしてるしかないのは別にこれまでと同じだし。

 杞憂であることを切に祈りつつ、この項閉じたいと思います。



『フォースの覚醒』への不満も吐露しましたが、こんなの正直いったら序の口なんだよね、たぶん。

 だから手が、出ない。いまだに。
 …というのは単なる補足。



 ディズニー幹部の炯眼を期待しつつ、本日はこのへんで。
 最後まで読んでくれてありがとう。
 それでは、また~(^_^)/~~




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